アームロック

今日は中華料理店へ外食に行った。年末のためか店内はほぼ満席になる程のにぎわいで、お一人様の私はカウンター席へ滑りこむことが出来た。この店のカウンター席からは、小さな厨房全体を見渡すことが出来る。夕飯時の忙しい時間帯をスタッフが慌ただしく動きまわっていた。

そんな状況を何気なく観察していると、料理長らしき人間が見習いと思われる青年を注意しているのが目についた。30代後半であごひげを少し蓄えた、いかにも体育会系といった印象の料理長。大声で怒鳴っているわけではないが、カウンターに座る私の耳にその注意の内容が聞こえてくる。「早くしろアホが」「じゃまだアホ」「だからお前はアホなんだよ」アホの連発。しまいにはオラッ、オラッという掛け声とともに見習いへ2発の蹴りを入れる。見習い青年は、毎度のことなのだろうか、顔色一つ変えずに黙々と作業をこなす。

このやりとりを見て、私は非常に不快になった。たとえ当事者でなくとも、他人が怒られたり殴られたりするのを見るのは堪えない。ドラマや映画などのフィクションであっても、人が怒鳴られるシーンは目を背けたくなる。料理の世界ではこれが日常茶飯事なのだろうか。いやそもそも、このような封建的な舞台を客に見せるのは商売としていかがなものか。厨房の出来事が見えないようにカウンターに仕切りを設置するべきじゃないだろうか。

モノを食べるときはね、誰にも邪魔されず自由でなんというか、救われてなきゃあダメなんだ。独りで静かで豊かで・・・

井之頭五郎

その日、運ばれてきた料理を美味しく食べることが出来なかった。とりあえず料理長にはアームロックをかけておいた、妄想のなかで。見習い青年の明日にエールと同情を送って、店を出た。